閖上朝市をどのように応援したか?

ゆりあげ港朝市は被災前の30年間、内海のほとりで開催されていた。

震災後は、食料不足で困っている被災者の為に、今までお世話になって来たことの少しでも恩返しになれたら・・との思いで、朝市はイオンモールの駐車場を借りて2週間後から食料供給の為に活動を始めている。理事長をはじめとして組合員の協力で八方手を尽くし、朝市を開催。集まって来る被災者の顔合わせの場ともなり、涙しながら再会を喜び合う客の姿が活動再開の意気をあげたともいえる。駐車場の一隅を借りての開催の中で、皆の気持ちは閖上の海辺に戻って再開することで閖上復興まちづくりに励みを与えられたら!との思いが日増しに募って来るようになる。

その折、閖上ルネサンス計画はSHAAと被災者のグループの一員でもあったゆりあげ港朝市協同組合理事長の櫻井氏も参加していた。その櫻井氏相談を受けて、朝市再興に向けて建築家として計画案の作成を支援始める。

2011年10月に計画案を持って、名取市との交渉が始まる。名取市では被災地の中でも被害度の大きかった朝市の場所は非居住区域と設定し、商工業地域としながらも全体計画が出来ていない事から、元の場所を貸し出す事も儘ならない回答であった。

復興の全体計画が進まぬ中で震災後の1年を迎えるに至り、その時点で特別に元の場所での朝市開催が認められた。3万人近い買い物客が訪れて朝市開催を喜ぶ状態であった。それを受けて更に元の場所での復興を願う気持ちを強くしたゆりあげ港朝市協同組合と共に一緒に名取市に足を運び理解を頂く努力を重ねてきた。そんな時期にカナダ政府より「朝市の建物を寄付する」申し出が名取市に伝えられた。名取市はそれを受け容れることを決めて、ようやく元の場所に朝市が復興する為の第1歩を踏み出す事となった。そこから、私たちは建築家として朝市の全体計画をまとめる設計支援活動を開始した。

2012年の6月, カナダからの寄付となる建築と、ゆりあげ港朝市協同組合が造ろうとする建築とを合わせての全体計画に着手した。全体計画の中でカナダ政府寄付となる施設が決まり、その部分は先行して動き出したのが10月。その後SHAAが受け持つ施設に対して助成金の申請・その為の計画案の作成等に取組み2013年1月に助成金の申請が通り、ようやく実施設計がスタートする。

ゆりあげ港朝市協同組合の人達が集まれるのは、朝市開催の日である。そこで、朝市が閉店してから皆に集まって頂き打合せを重ね、毎週日曜日の昼からの会議は4月まで続き、それらの意見を考慮し設計に至った。2年間にわたる基本設計までの準備期間と被災者にサポートは、SHAAのボランティア活動の一貫として参加させて頂いた。実施設計からは、仕事として関わり、朝市理事長の思いを受けて組合員一人一人の要望を聴きながらの長い道のりとなった。2013年5月の連休に、カナダ館がオープンし、駐車場を借りての朝市は本来の場所に戻り開催することとなった。周辺は未だに何も形が見えていないままの被災地の真ん中に位置する。朝市だけの存在でありながらも人々が訪れ買い物を楽しむ様子に、不安を持ちつつ営業する朝市の人達も多いに元気づけられていました。

2013年12月1日にようやくグランドオープンの日を迎える事が出来た。被災直後にスタートした朝市に協力して下さった全国の支援者、東北各地の支援団体の人達も共にテントを張り店を出しての活況溢れたグランドオープンとなりました。

閖上に復興の灯が灯り、今後の展開に拍車が掛かることを期待しながら大きな声が弾んでいます。

「いらっしゃい!いらっしゃい!安くておいしいよ!さあ買った買った!!!おいしい食事も有りますよ!よってらっしゃい!!」

まだまだ最終的な整備が整っていない朝市です。一生懸命、寄付を集めてお客様に居心地良い空間を提供したいと頑張り続ける日々です。念願の復興をとげた朝市は、一歩一歩足を踏みしめて、古巣に戻れた喜びを胸に明るい未来に向かって美しい朝焼けの空のもと本当に嬉しそうで笑顔の溢れる朝市を開催しているのです。

今後、ウィークデイに訪れる人達のためにも、各店舗のシャッターに絵を描くイベントを検討したいと考えております。世界のどこの国の人でもお迎えして、とびきりの絵が訪れる人々をお迎えできるようになることを更なるテーマとして提案しております。

また、SHAAとSHSHでは朝市に隣接する避難塔の要望を早急に名取市へ提案したいと考えております。皆様の安全が第一と心得て、これkらも支援を続けていきたいと考えております。

10 月 2017
カテゴリー: 福祉
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Shoichi Hariu