宮崎町は仙台の西北約50kmに位置し、奥羽山脈沿いの山村である。また、過疎および山村地域に指定され、地域活性化へ向けて転換を迫られている。その一環として、伊達家の藩窯であった切込焼の窯跡という歴史資源を活かした「陶芸の里づくり」構想が打ち出された。この構想は都市と山村の地域間交流、および町の新しい拠点づくりを目的としている。そして1986年の指名コンペを経て、5年間にわたり計画・建設が進められた。
配置計画では、周辺の雄大な風景を壊さない事と、敷地の多様な起伏を利用した景観のシークエンスに重点を置いている。また南北の軸線として、山宝倉から草舞台広場を通じて枕木(廃材)を敷き詰めた遊歩道を作っている。入場門から入って正面にある斜面には“あて”の効果を持たせ、景色を楽しみながら切込焼記念館に誘導する動線とした。
切込焼記念館では、常設および企画展示室を上下階で分離しながらも吹抜けで空間の一体化を図った。天窓と妻側に縦長の窓を設ける事で、外部の風景と内部展示空間が呼応する効果をねらっている。また、積雪対策としては、腰壁をRC造で立ち上げたり、屋根は方杖を扇状に展開する構法により積雪に耐えうる大スパンを実現した。銅板、瓦、漆喰、豆砂利洗出し、および杉板落とし込工法などを行う事により、地元の素材と職人の活性化を図った。また地域がら少ないスタッフで運営できるように見通しをよくしたり、掃除のしやすさ、換気などにも配慮を施している。伝習ホールは「陶芸の里」としての象徴性を高めるよう意図している。




